スクーリング2日目
12/6~12/10まで行ってきた、某通信制高校のスクーリングの様子をお伝えしています。
この記事は2日目
※この記録はあくまで一例です
2日目はひたすらクラスでチームビルディング(絆を深めるためのレクリエーション)をしました。具体的に何をするかと言うと、2人1組でちょっとしたゲームをしたり、クラス一丸となってひとつのことを成し遂げてみたり。
午前中いっぱいと午後2時くらいまで。
これといって休憩時間の決まりはなく、キリが良くなり次第5~10分休憩をとる、って感じで、この日は3回の休み時間がありました。
この日は翌日のアウトドアに向けて
コースの選択や、コースガイダンスがありました。
しっかりと友達と話し合う時間も取ってくれ、友達と一緒に選ぶことが出来ました。
そこから夕食を食べるために1時間ほど休憩があります。夜の授業の後には混むのでこの時間にお風呂に入る人も多いです。
ちなみにお風呂と言ってもキャンプ場のようなシャワーだけです。
そのあとは
またチームビルディングのクラスとは別に、授業を受けるためのクラスに分かれ50分の授業を3コマうけます。ちなみに間は5分休憩が入り、授業自体が終わるのは21:30です
最終日の試験に向けて事前知識を入れておくのですが、カンニング防止のためか自分が持ってきたルーズリーフやメモ帳などへの記入は認められず、プリント学習でそのプリントも授業終わり次第回収されます。
その後自由時間となりまだお風呂に入ってない人はシャワー。夜食を食べたい人は食べる、荷物整理する人はする、みたいな感じです。ちなみにひと足早く寝るのも全然ありです
そして23:00に消灯となります。
スクーリング1日目
※ここからのお話はあくまで一例です。
さて、先程の記事で離島にある本校、と表現しました。離島に行くにはそれだけ移動時間がかかります。
ちなみに今回の私の場合
7:45発のバスに乗り空港まで行きます。11:00頃に空港から飛行機が出発し、12:00頃到着。そこからバスに乗り1時間程度でフェリー乗り場へ。フェリーで2時間かけて島へ。島の港からバスで30分。
学校に着いたのは18:30頃。移動にほぼ一日費やしました。しんどかったー。
到着後、宿舎のA棟B棟に分かれており、自分の棟と部屋を確認後、荷物を入れ、食堂で夕食。
ちなみに食堂は去年できたばっかりの建物でガラス張りの窓からオーシャンビューが眺めます。
その後荷物整理をするなどの自由時間が少しあり、体育館のような所で開校式がありました。また、1クラス13人くらいのクラスに分かれ、担任と共に自己紹介をします。このクラスは基本的にレクリエーションみたいなことをします。そのクラスの活動がその日は21時前くらいまでで終わりました。
その後は自由時間となり、23:00の消灯就寝までは何してもいいです。夜食食べるのもあり、先に寝るもあり、荷物整理もあり。
ただお風呂には絶対入らなあかん。お風呂と言ってもカーテンで仕切られた8つのシャワールームでしたが、そこも入る人と出る人が先生によって管理されてて今入ってる人は何人、待ちは何人、、と聞けば教えてくれます
ちなみにその日はお風呂に入ったあと星を見に行きました。周りにお店はなーんにもないのですごく綺麗に見えました。
さて、明日は6:30起床です
スクーリングへ行った話
通信制高校の卒業進学の条件
- レポートを出すこと
- スクーリングに参加すること
- 在籍期間が3年あること
2つ目のスクーリングに参加してきました。
学校によるかと思いますが私の学校では4泊5日。九州のとある港から船に揺られること2時間の離島にある本校へ行ってきました。
本校は 別にそこに住んでる人が通っているわけではなく、全国のサポート校から卒業や進学のためにスクーリングにやってくる生徒のために作られた場所で、校舎の他に宿舎や食堂も完備されていて、スクーリング期間中はそこでみんなで共同生活を送ります。
本校にはその島に住んで務めている現地の先生がいます。スクーリングに来る生徒は1回で200人弱。また、1組帰ったらその日の夕方にはまた新しい組がスクーリングしにくる、というなかなかハードな現場です。
なので
クラスの担任をする人、宿舎で夜を徹して見守る人、クラスで担任のサポートをする人、食堂でご飯を食べる人、など様々な人が働いており、その人たちのおかげで私達は快適に過ごせました。
また、近畿、中部、九州などそれぞれの地方から1人、普段はキャンパスで授業をしている先生も付き添いとして来ます。つまり現地スタッフの他に数名程度、見慣れた先生がいるわけです。
スクーリングの仕組みとしては
休み時間と自由時間以外は全て単位を取るための授業と位置づけられていて、休むと卒業に関わりますよ、と口酸っぱく言われました。が、公立高校などのように少々のことで落ちることはまずありません。少々立ち上がろうが私語をしようが、個性として受け止めてくれます。善し悪しは人によると思いますが。
そこに参加していれば、余程のことがない限り卒業できないことはないと思います。
まあそれでは1日目から。どうぞ。
※ここまでもこれからもあくまで私の通ってる学校のことであり一例です。全てがそうとは限らないのでご了承ください
日記
私の家族は、新しい年が始まったその日
つまり1月1日の朝、その年の目標を決め
家族の前で発表するというルールがあります。
私の2018年の目標は
「日記を書くこと、自分を大切にすること」
でした。
そのことがきっかけで新しく100均でノートを買い、日記をつけ始めました。
たわいもないこと、自分の中のモヤモヤ、楽しかったこと、泣きたくなったこと、、結構楽しくて最初のうちは毎日欠かさずつけていた
はずなのに気がつくといまは11月も終わり。すぐそこに12月がやってこようとしています。
授業で今年1年の振り返りがありました
今年の目標なんやった?あと1ヶ月どんなふうに過ごす?
「あれ?」
私は思い出しました。そういや日記つけるって決めたはず。あのノートどこやったっけ?最後に書いたのいつやっけ?
今日から1ヶ月は欠かさず書こうと決めました。
最後に書いたのいつかなぁって思って見返すと
ちょうど半年前!!!
しかもその前もとびとびで、
ひとつ前が4/16
その前が2/22 でした(笑)
来年の目標も引き続き日記を書くことにします。はい。
もう1冊は母と交換ノートにしようと約束して買ったものですが残念ながら母から私へのメッセージノートと化し、最後の書き込みは6/27でした。
ほんと、ちゃんとして生活していきます。
アルバイトを始めてみた話
転学をしてやりたかったことの一つに
アルバイトがありました
前籍校ではアルバイト禁止やったしそこをかいくぐる勇気も体力もありませんでした。
転学が決まってからふーっと体が軽くなった私はまず、駅から近くの某カレーチェーン店に応募しました。しかし希望の時間帯が学校が終わって余裕がもてる14時から18時まで、という条件で、それは飲食店におけるアイドルタイム(閑散期)にあたるので断られました。
続いて私は
駅から近くの回転寿司に応募しました。
あとから知りましたが入れ替わりが激しくなかなかハードな職場でしたから、
面接のつもりで行ったのが「採用」と言われ
ほぼオリエンテーションのような事まで受けました。あっ、こんな簡単なんやって思ってしまいました。
そこから勤務に入ったのは7月の末のことでした。
最初の頃からシフトに入る前に緊張はしていましたが、最初はこんなものだろうと思い気にしませんでした。なのに2ヶ月たっても3ヶ月経ってもその緊張は収まるどころか増していくばっかり。最近では動悸吐き気腹痛が襲ってくるようになってきました。
職場自体は全く悪い所ではないです。店長や社員さん、パートさんバイト仲間までいい人ばーっかり。仕事内容もパッパパッパ覚えれる人には簡単だと思います。私は直ぐに覚えられず、忙しいみんなに聞くことで迷惑がかかると思い自責の念にかられたことが直前の体調不良に繋がってるんかな
とうとうわたしは辞めることにしました。
続けていてもいいことは無いかなって。
またゆっくりできる、自宅から近いところで探そうかなって。
逃げてばっかりやなって思うこともあるけど、チャレンジのつもりでやっててんから、大丈夫!って自分に言い聞かせてます。
バイト続けてどんどん自分が壊れていくよりも、バイトスパッとやめて自分らしさを持って生きていく方が有意義ですよね。
ってことで、
でももうすぐ冬休み。課題もない長期休暇なんてもう最後なんやからバイトで稼いでおきたいよね!なので短期(冬休み限定)で雇ってくれる家から近いとこ、探し中です。
転学のいろいろ振り返り
元気に生きてます。
まあ何人の方が読んでくれているのか知りませんが。。
一つ前のブログを読み返すとどうやら7月で転学することを決めた、って所まで文章に表してましたね。
そのあともね、いっこ大きな問題があったんです。
転学先、決めなあかん。
私がやりたいこと、なりたいものを実現させてくれるところでなおかつこんな状態の私を受け入れてくれるところ。色々なところの資料を取り寄せました。見学にも行きました。
私が行きたいところの譲れない条件として
- 昼間に学校に行くこと
- 毎日通う制度があること
- 自分のペースで勉強できること
- 朝が早くないこと
を挙げていました。
私は主に私立の通信制高校を見て回っていたのですが、もう公立高校にいた私からは考えられないぐらい機械化が進んでます。
一人に一つ支給されるiPadで授業もレポートも済ませられる学校、部屋にいながらVR体験を通して登校し授業を受ける学校、、、
できるだけ普通の公立高校と似たようなところがいいなあと思いつつ
なんやかんやで転学先は電車で20分のところに最寄りのキャンパスがある全国規模の通信制高校に決まりました。キャンパスの雰囲気に一目惚れでした。
先程機械化の話をしましたがうちの学校は最近専用のアプリが導入され、警報発令時の休校の連絡から登下校、授業出席の管理が一括してそのアプリでなされてます。
また通信制高校は主に午前中授業の所が多く、うちの学校も例に漏れず9:20から1限の授業が始まり12:10に3限が終わると学校はおわりです。(ウィークデイ通学コースの場合のみ)そこからはバイトを入れたり、学校が主催するネイルやイラスト、クッキングや農業などの教室に参加したりと自由に使うことができます。
7月から転学した私はレポートを全力で進めました。卒業の為には2年生で勉強する科目も取らなければならずみんなに追いつくために必死でした。そのかいあって今ではみんなと同じペースでレポートは進められています。
2年生までの科目をとりきってから「転学」をした場合は2年生まで取っていた科目が有効となり私の場合は総合的な学習的科目を合わせて4つの科目だけで済んでいます。
まあこのままいけば、なんとか卒業出来るのではないか、という所ではあります。
私は転校してよかったと思っています。
バイトもしてみて失敗もしてみて(次の記事に書きます)
それでも間違いではなかったと思っています。こんなに生き生きと、あの頃からは想像もできなかった自分として人生を歩んでいるならば。
転学をちょっとでも考えてる人の参考になればいいなあと思ったり思わなかったり。。。
報告
お久しぶりですこんにちは。
修学旅行が終わって色々なことがありました。思えばそこから息付く間もなくここまで来てしまったかもしれません。
まず、3年生になるために補習がありました。その補習は、春休み中に1限から7限までただひたすら不足分の授業を補うという、いつもお昼からしか学校に行ってなかった私にはもう地獄でした。
それが終わったら次は部活の定演が4月中旬にありました。それに私は全力を傾け、気づいたら、春休みがおわった学校にはあまり行けていませんでした。
その時の部活はすごく楽しくて、これからも部活のためだけになってでも学校は続けていこう、そう思ってました。
でも、定演も終わり、
無事3年生になって心機一転、クラスも変わり頑張ろうと思ってんですが待っていたのはあまりにも体が動かないという現実でした。
その時にもう「私はこの学校におっても無理や」と思いました。
もはや勉強もわけわからず授業に出られずテストも受けられずな私は
ここではないところでやっていくべきだ。心から、自分のためにそう思いました。
そうです、転学を決めました。私の中での問題は転学するか否かよりも、時期をどうするかでした。
部活のコンクールが7月にあります。でも部活のために学校に行く、ということでさえ今の私には厳しかったのです。昼からなんとか行って、2時間授業をうけてヘロヘロになって部活に行って次の日もまた起きられなくて昼から、、こんな生活7月まで続けられへんわ、そう思いました。
それでも私は悩みに悩みました。部活の同期や後輩を見捨てることになるんじゃなかろうか、でも私の体を壊してまで部活をやるべきなんだろうか、、、毎日毎日そのことばっかり考えました。
私が出した答えは
7月から転校する、ということです。
部活のコンクールは諦めます、部活もやめて学校も6月中にやめます、ということです。
今はこの選択が正しいのか間違ってるのか、全くわかりません。でもこの選択をしてしまった以上、今の私には正しいと信じて突っ走るしかないと思ってます。
不思議なことに転校を決めた途端、気持ちがふわーっって軽くなって体も軽くなって、学校で笑えるようになりました。
いまでも拒絶反応はでるし行ったらとってもしんどい学校やけど6月中の文化祭を最後に私は今の学校を去ることにしました。
というご報告のブログでした。
最近ずっと放置だったのですが
気持ちを言葉に表すことが楽しいってことを思い出したのでまたちょくちょく書きに来ます。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。