日々のつらつら

高校時代の適応障害、転学を経て、いまは養護教諭と保育士の免許勉強中の大学生

遠隔授業

人って意外と生き延びれますね。

4月20日から遠隔授業が始まってます。

それまではほんとに虚無の日々だった。

シフトを出した時点では授業がはじまっているとおもっていたので、バイトも少ししか入れない、課題もないので本当に寝てばかりいました。

 

4月20日がきた時は本当に嬉しかった。だってやることがある、気が紛れる、バイトも休める。まさに文字通り意気込んでたんです私。

 

月~金まで授業をします。

毎回毎回レポート課題。ずっと机に座って課題とにらめっこ。一日の3分の1は机に向かって携帯とにらめっこしてんの。

頑張ってるでしょ?

 

そして土日はどっちもフルでバイト。これもこれでしんどいのよ。。

 

そして迎えた2週目(昨日からのこと)

なんかもう全然やる気が出ない。スイッチがONにならない。。

なんでか考えてみたら

わたし家ではあんまり勉強しないんですよね。

高校生の頃の癖で、勉強は学校か図書館が主で、家は体を休めるところっていうのが抜けてなくて。

 

ほんで授業の連絡も携帯でくるもんやから

結構パーソナルな時間が削られていくんですよね。

 

からしんどいんやと思うわ。

 

でもこの状況では何をどう断ち切ればいいんか分からへん。どないしよ。

カウンセリング不信

この間、ようやく待ちに待ったカウンセリングの日がやって来てね、行ってきたのよ。月曜日ね。

 

なんか、すごいわたしはバカな勘違いをしていて。

前任の先生にお話するのと同じようにお話できると確信してたのね?

でも実際そんな訳ないやん?前任の先生と新しい先生は全く別の人物なわけで、引き継ぎもそんなに細かくやってくれてる訳がないねん。

 

でも私その日までめちゃくちゃ不安定で、やっと来たカウンセリングの日(3週間ぶり)やったから、やっと発散できると思って行ったのよ。 

 

でも現実はさ、初対面の人と人。

まず人として仲良くなるっていう前段階を踏まんとあかんくて。当然前の先生とは全く別の人だから、それもあまり上手くいかなくて。

2人のカウンセラーさんとお話したけどどっちも

そんな感じだった。。最初ってこんなもんなんか?とか思いつつも学内でカウンセリング受けてるのいま私一人だけでさ、このコロナウイルス大流行の中私のためだけに来てくれとは言えないやん?

ましてやまだ前任の先生ロスが抜けてないのに。

 

で、保健室の先生も、「来週からはもうカウンセラーさんもう呼ばんと思う」とか言い張るので

わたし来週からカウンセリング無くなりました。

 

この虚無の日々のなかどうやって生きていくんだろう、でもいまは仕方ないよね。。

だって、もう、私にはだれもいない。

信頼出来る先生はもう居ない、会えない。

優しい施設であるはずの学校、開かれた施設であるはずの大学は、もう学生すら立ち入り禁止にするほど疑心暗鬼になってる。

 

ばかみたいに学校を必要としてる私は

なんなんだろう。

 

会いたい人に会えない、

会いたくても会えないこの世界は

なんなんだろう。

 

もう、つかれたよ。

 

もうあれこれ沈んでいく。

元気だしたくても元気はだせない。

だめかも、しれん。

きぼうが、みえん。

 

 

このご時世

いま、世の中では某ウイルス感染症が流行中

かれこれ1ヶ月くらいは経つやろか。

 

日本の中でも感染が広がってきて世の中ぜーんぶ自粛ムードどこに行くにも気を使うし、みんなピリピリしとる。

 

なんか無性に病んでます、私。

スーパーのレジしてるバイトが悪いのかなあ

外出を控えとるのが悪いのかなあ

咳してる人を嫌な目で見てしまう自分のせいかなあ

きっと、どれも当てはまるんやと思うな

 

バイト中は喋ることそんなにないし

家族もみんな忙しくってそれぞれの生活リズムはだいぶ違う。口にできないモヤモヤが溜まってるのかもしれない。それをだれか、人に吐き出したいのかもしれない。

わたしにはカウンセリングがある。

いままでいつからカウンセリングが再開するのか見通しが立たず、ほんとに倒れそうやったけど3日くらい前に学校に電話したら日付が決まってて、ちょっとホッとした。

 

新しい先生との初対面の日やけどごめんけどこの愚痴を、聞いてほしい。

 

見通しがたったからまだマシになるかと思いきや、

今日は某ウイルスの肺炎で有名人が亡くなった。

1日中その報道みとったらなんか、すごい悔しくて、すごい頭がおかしくなりそうだった。

夜になった今、なんだか無性にしんどい。

 

はやく、カウンセリングできる日になって欲しいです

泣けない

大学に入って、カウンセリング受けるようになった話は書いたっけな、

冬になって塞ぎ込んだ私は

大学の先生からの勧めでカウンセリング受け始めた

その先生とわたしはめっちゃ相性が良くて、

しかもきっと4年間みてくれると思った(疑わなかった)から、気持ちにストッパーをかけなかった。大好きだった。

最後の方聞いた話では11/13頃って言ってた。そのへんの時期に出会って、毎週木曜日13:10からの1時間

1週間の中でなんなら1番楽しみで大きい割合を占めるようになった

「良いお年を」と「あけましておめでとう」が

過ぎた頃、先生は「わたしは3月いっぱいでここ辞めることになっとる」って言った。

嘘みたいたな話だった。だって私はいままで4年間はいてくれると信じて疑わなかってんから。

いま思えば聞いとけばよかったけど、当時はそれは野暮だと思ってたんよな。

そこで私は1度目の号泣をする。単純に先生と会えなくなるのが寂しい、こわい、せっかくこんな関係になれたのに、、、

しばらくは泣きまくった。カウンセリングの度に、泣きまくった。

それでも「これからの時間、しっかり、ゆっくり関係をつくっていこうね」ってことで泣くのはやめた

 

 

そしてつい先日、その先生の最後の日だったの。

最後の日の最後の時間にしてもらった。

30分は話して、30分は「赤いやねの家」って歌を弾き語りしたのね、あとお手紙も渡した。

でもその日、私は泣かなかった。

先生に会った時も最後バイバイする時も、家に帰ってきてからも、夜になっても、数日たっても。

 

それに気付いた今日。なんだか今日なら泣けそう。

心のそこから信頼してた。洗いざらい全て話してた

そんな先生が居なくなって寂しくないわけないよね

 

結局

私はよく自虐的に「結局」とよく使う

最近、冬になって寒くなってきて高校時代のしんどいことを思い出すことが増えた

ついでに落ち込むことも増えた

 

数週間前から、なんかやばいかもなあって思い始めてたのよ。心療内科もう一回行って薬貰った方がいいかもなって。

そしたら一昨日、めちゃくちゃに落ち込みがきました。笑えない、動けない、やる気も起きない、でも逃げられない。

もうダメかもしれないと思って電話した

以前お世話になっていた心療内科

そこで担当医をしてくださった先生はもう退職済み

なーんにも上手くいかなくてまた落ち込みました

そしておもいました

「結局わたしはまた後戻り。先には進めないのかもしれない」

 

 

私は怖くてしょうがない

これ以上落ち込みが酷くなって

またああなったらどうしよう

体が動かなくなったら?

勉強よりも体調を優先しなあかんくなったら?

家から1歩も出られへんくなったら?

大学やめなあかんくなったら?

いつ、ドーンと落ち込むかわからない日々の中で

危険な綱渡りをしている気がするのですどうしても

 

なかなか心が休まらない日々の中で

バイトを沢山入れてしまった後悔も拭えず、

そのバイトを休むのにもなんて言おうかウジウジ考えてしまう私です

 

あーあ。疲れちゃったなあ。。

 

その人

今年は秋祭りにその人は来なかった

私の過去の秋祭りの記憶をガサゴソと遡ってみても

その人のいない秋祭りの記憶はひとつもない。

 

なのに。なのに。

何故か屋台蔵からでてきたやっさには

その人が着てた、間違いなくその人の法被がハンガーにクリップで止めてかけてありました

まるでそれはうちの村はその人と一緒にやっさを担ぐのだという覚悟のようでした

 

なんでいないんでしょうか。あなたの愛息子

太鼓叩いてたで?

あなたの奥さん2人の甘えん坊ときかん坊頑張って育ててるで?

まあ、知ってるよな。きっと誰よりも近くにおるんやと思う

 

でもどうしても信じられないや

ほんまにこれからやっさかかへんの

今日何回も空目した

その人が子ども抱っこしとるように見えて

その人が楽しそうにビデオ観とるように見えて

その人が知り合いと談笑しとるように見えて

何回も声掛けたくなった

でも次の瞬間にはその空目はなおってまう

現実つきつけられるねん

 

人って、ほんまに最後の時は最後やって意識させてくれへんのやな

あの年、あの祭りが最期って知ってたら

今までのありがとうもなんでやねんも

ぜんぶぜーんぶ伝えられたのにな

 

 

 

その人が着てた法被は

結局その人の奥さんが羽織ってて

 

傷ついていいの
それほどに 想える人と
そんな たったひとりと
出会えた証しだから

どのポケットも 思い出でいっぱいの
その服に あえて 手を通そうよ
どのポケットも あなたの愛が
いっしょに詰まってたことに 気づきなさい

どのポケットも 思い出でいっぱいの

その服を もう 脱いでみようよ
どの思い出も あなたの愛と
いっしょだからだいじょうぶ 逝かせてあげなさい

かならず
心から笑える日は やって来るから

ついほんの数ヶ月前、生で聴いたドリの歌

「ねえ」が頭をよぎって離れなくて

 

どうかその人の奥さん、お母さん、弟、弟が

どうか、どうが幸せでありますようにと

願わずにはいられない2019年秋季例大祭の宵宮でした

わんだーべいびーず

DREAMS COME TRUE

のコンサートへ行って参りました

4年に1度のWONDERLAND(幅広い人に向けたコンサート)に親戚がとってくれたチケットでいってきました

人生初の京セラドームでした。まずは規模の大きさにビビりました。え、山Pの国際ホールとか水ボンのシアターエートーとかの100倍あるやん

これが最初の感想

物販の列もえげつなかったです

 

 

そしてわたしはそこで吉田美和さんという人の

魅力にほんの少しだけ触れることが出来ました

歌う時はもうそれはそれは心にグッとくる、伝わるように歌うことが出来る

でもひとたび曲が終わり水分補給の間やMCでびっくりするほど可愛い"みわちゃん"が登場する

私は一夜、正確に言えば数時間で彼女の渦に飲み込まれたような気がしました、かっこいいのにかわいい、、、

 

そしてちょこちょこ垣間見える美和ちゃんとまさとさんの良い関係性

きっと2人で色んなこと乗り越えてきたんだろうなあ、30周年とWonderland(4年にちいど)が重なったことでより感極まってるんだろうなあ

今までのいきさつをなにも知らない私ですらそれを身をもって感じました。

 

どうやらドリカムの世界では

お客さんのことをBABYというらしい

複数形でBABY's

ワンダーランドのお客さんは

WandererBABY's

 

また会おうねーー!!Wonderbaby's!!!

ぜったいだよー!!!!!って、言われてしまったので、きっと私はまたWondeboy'sとして吉田美和さんに会いに行っているでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホントのホントは、SMAPのMr.Sを重ねてしまってどうしようもなかったです。SMAPは5年前、ここでコンサートをしていたんだ、あそこから退場したんだよ、ここにあのステージがあったんだよ、全部言えるのにその世界を生で見ることは叶わなかった。こんなに曲数たくさんしってるのにコンサートで口ずさむことはできなかった

それがどうにもやるせなく、なによりせっかくドリカムのコンサートに来てるのにSMAPが頭から離れない私がすごく嫌でした

 

でも吉田美和さんに惚れたのはほんとう。

これから沼にハマっていくのではないでしょうか?