日々の雑談

ただの高校生です。病んでることもあります。そんな私の日常を吐き出します。

報告

お久しぶりですこんにちは。

修学旅行が終わって色々なことがありました。思えばそこから息付く間もなくここまで来てしまったかもしれません。

 

まず、3年生になるために補習がありました。その補習は、春休み中に1限から7限までただひたすら不足分の授業を補うという、いつもお昼からしか学校に行ってなかった私にはもう地獄でした。

 

それが終わったら次は部活の定演が4月中旬にありました。それに私は全力を傾け、気づいたら、春休みがおわった学校にはあまり行けていませんでした。

その時の部活はすごく楽しくて、これからも部活のためだけになってでも学校は続けていこう、そう思ってました。

 

でも、定演も終わり、

無事3年生になって心機一転、クラスも変わり頑張ろうと思ってんですが待っていたのはあまりにも体が動かないという現実でした。

 

その時にもう「私はこの学校におっても無理や」と思いました。

もはや勉強もわけわからず授業に出られずテストも受けられずな私は

ここではないところでやっていくべきだ。心から、自分のためにそう思いました。

そうです、転学を決めました。私の中での問題は転学するか否かよりも、時期をどうするかでした。

部活のコンクールが7月にあります。でも部活のために学校に行く、ということでさえ今の私には厳しかったのです。昼からなんとか行って、2時間授業をうけてヘロヘロになって部活に行って次の日もまた起きられなくて昼から、、こんな生活7月まで続けられへんわ、そう思いました。

 

それでも私は悩みに悩みました。部活の同期や後輩を見捨てることになるんじゃなかろうか、でも私の体を壊してまで部活をやるべきなんだろうか、、、毎日毎日そのことばっかり考えました。

 

私が出した答えは

7月から転校する、ということです。

部活のコンクールは諦めます、部活もやめて学校も6月中にやめます、ということです。

 

今はこの選択が正しいのか間違ってるのか、全くわかりません。でもこの選択をしてしまった以上、今の私には正しいと信じて突っ走るしかないと思ってます。

 

不思議なことに転校を決めた途端、気持ちがふわーっって軽くなって体も軽くなって、学校で笑えるようになりました。

いまでも拒絶反応はでるし行ったらとってもしんどい学校やけど6月中の文化祭を最後に私は今の学校を去ることにしました。

というご報告のブログでした。

最近ずっと放置だったのですが

気持ちを言葉に表すことが楽しいってことを思い出したのでまたちょくちょく書きに来ます。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

わたしが修学旅行にいった話

いつの間にか年が明けてましたね

あけましておめでとう。

高校2年の私は始業式の翌日から修学旅行でした

 

あの、ほんとに行きたくなかったのわたし。

どうなってしまうのか怖くて

友達に迷惑かけるのも怖いししんどくなって

せっかくの修学旅行台無しにするのも怖かった。

緊張もあって初日の集合場所いくまで手の震え止まらんかったくらい

 

朝が弱い私にとっては無謀な3泊4日やったなと思う朝6時半に起床で7時朝食とかもう「??」って感じ。普段9時前に目が覚めるのに。

 

実際に朝はめっちゃしんどかったです。

食欲もないしみんなと同じ空間におるっていうのが苦痛で仕方なくて気持ちも上は向かず。

でも薬も徐々に効いてくるものでそれこそ9時か10時には元気な私でおれました。

 

元気なうちに友達といっぱい喋ったし、ホテルの近くの楽しむところは制覇した。

その時間はめっちゃ楽しくてテンション爆上がり。その落差もあって朝はしんどかったんかな、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

スキーもまさか全部参加できるなんて

出発前には夢にも思ってなかったし

満喫するところは満喫できたし

今の私の中でベストな修学旅行やったと思います。

これを見てくれとるか分からんけど

私の体調に気遣って合わせてくれた友達、ほんとにありがとう。大好きです

 

 

 

 

 

この写真が割とお気に入り

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ただの 愚痴

今日ね、部活のコンテストやったんです

私の団体は午前の出番やったから

朝、いつもより早く起きて家を出たんね。

そしたらもう本番終わったら

ぐったり

で。情けないくらいぐったりで。

ちょっとめまいと意識が遠のく感じまであったりして。

結局そのまま帰らしてもろたんやけど

 

そのあとお昼ご飯食べとって

ほら、わたしひとつ前のブログでうつっぽいって言われたって書いたんやけど

カウンセラーさんにバナナ食べたらいいって

聞いてそこから毎日食べとるんやけどね

「うつにはバナナがいいんやって」

って私が言うたら

お父さんが

「は?誰がうつ病?我が家にそんな子おらんけど」って言うんやんか

 

いや、、、いや。

もうそういうのいいから。お母さんなんかみてんよ、何回学校呼び出されとる?何回養護教諭やカウンセラーさんやら担任との面談しとるおもとる?

いい加減私のこと認めてよ

そっかお前いましんどいんやな、それでええやん、なに言うとん

お父さんって口開けば弟のバスケの話ばっか。そんなに楽しいんかバスケの方が。

今日だって父と母二人で私の演奏聞きに来てくれたのに口を開けばバスケの話ばっかり

なんなん?もう。そんなんやったらもうええやん。ききにこん、でよかったんちゃう?

 

 

うちの父は精神病に偏見持ちで

心療内科行く時も大反対で「クスリなんか感情の起伏抑えるからお前がお前じゃなくなるからあかん」みたいな言い草でさ

もうこりごりやねんな。

 

 

もう結局そう。うちの家族はそんなもん。

私が過信しとった幸せな家族、そんな訳無かったわ、現実やな。信じとった私がアホみたいや

 

ほんで部活の顧問も。

昨日、顧問にお客さんがやって来ました

ちょうど私らの演奏の指導しとるときやったんやけどそのお客さんの応対するために一旦職員室に戻りました。

結局そのお客さんっていうのは

顧問の元教え子で引きこもりやった方らしいんよな。ほんで部室戻ってきてなんて言ったと思う?

「あぁもう!さっきのお客さんってな、ちょっと訳ありで、引きこもりやってな、ほななんて言ったと思う?『洞窟から出てきましたやってさ』(笑)そんなことで大事な練習止めんといてよなぁ(笑)」

って。

ひどいよな

 

せっかくあなたに会いに来てくれてるんですけども??え??そやのにそんな言い方するんですか?

いままで引きこもりやった分ここに来るのはなかなか勇気がいったと思いますけど?

 

結局うちの顧問って人の気持ちが考えれてないねんな。

表面上取り繕っとるだけ。

私のこともそう。いっつも口では

「大丈夫か?無理せんでええんやで?」

って聞いてくるけど

わたし知っとるねん

その顔そのこと思っとる顔ちゃうって

休みすぎやねん、続かへんのやったらこんでもいいのにって思っとる。

 

ゴメンやけどそう思えるぐらい昨日のひと言は衝撃的やったし信頼をなくした。

 

 

それからちらっとわたし、部活やめようかと思っとる。

まずこんな顧問の元で続けていく気にはなれんって言うのが一つ。

あともうひとつはこれ以上ずるずるは引きずりたくないってこと。

今日みたいに本番出たってその直後しんどなる、練習も体調が悪くて参加出来ない日が続く、そしてそれが仮に病気のせいとして、(いやそうなんやけど)いつまで続くか分からん。

来たり休んだり来たと思ったらすぐ帰ったり本番前に休んでしまったり。

自分の意思ではないけどそうなってしまう、その事でどれだけ部の皆に迷惑かけとるか、って計り知れんと思うねんか。

辞めたらこのあと絶対後悔するのは目に見えとるんやけどでも、それでも私みんなに迷惑かけたくないかもしれん

 

いまのわたし

今日は月に一度のカウンセリングの日

 

私って最近割と元気な方やと思っとったねん

確かにしんどいし気分が上がる兆候はないけどそれなりにやってるかなって。

日々症状の悪化は否めないけど。

 

その安易な思い込みがものの見事に覆された

 

  • 朝が起きれない
  • 物事の優先順位を考える力が湧かない
  • 言われたことをすぐに忘れてしまう
  • 自分を責めてしまう
  • いま自分がしんどいかどうか把握できない

 

これらは全部うつ病の症状らしい。

私ってうつっぽいらしい。

 

 

今のわたしは頑張りすぎってみんな言う

ようそんなやっとるなって

そう、確かにいまのわたしは確かにめっちゃしんどい。だましだまし自転車操業みたいなもんで、いつ動かんくなるかわからん

 

そんなことないねん、全然。

だってみんなのステータスが追いついてない。

課題だって授業だってテストだって、それから部活だって。追いつきたいのに、みんなとおんなじラインに立ちたいのに立たれへん。

苦しくて悔しくて。

 

このまま薬の効き目がなかったら

24日に部活の本番があるんやけどそれの朝に間に合わん。修学旅行の集合時間や起床時間が守られへん。

怖い。先が見えへん。

いや、先のこと考える力ももう残ってない。

 

トイチニチ、アトイチニチ、、、

呪文みたいに頭の中で呟いとる

あと一日で授業は終わり。

終業式になったら休んだって大丈夫。

部活だけ行けば大丈夫。

(その部活さえ今はやめとけ言われたけど)

 

とりあえず部活は24まで頑張る

 

 

最近、朝起きる直前、毎日おんなじ夢見る

私は暗い空間にひとりぼっちで座り込んどる

先生や友達や家族が必死で声掛けてくれたり手を差し伸べてくれたりしとるけどそれは私がおる空間の壁を突破できんと、私からは

「なんか口ぱくぱくしとるな、」「なんか手伸ばしとるけど届いてないな」ぐらいにしか思えてない、そんな夢。

まさ今の私の状況に近い。

いろんな人が助けてくれようとしとる。

保健室の先生、担任、教科の先生、カウンセラーの先生、お母さん、お父さん、、、

でも今のわたしには誰の言葉も行動も届いてこうへん。聞く気は満々なんやけど左から右に抜けていく。

 

先は長いし、暗いし、ひとりぼっち

不安の要素はいっぱいあるのに

何一つ解決せず時間だけ過ぎていく

 

 

ぼちぼちいこかって思うけど

 

そう思われへん私も確かに存在しとる

 

 

先は長い。耐えろ私。

 

 

保健室登校3ヶ月地点

お久しぶりですどうも

 

西宮から帰ってきてからは

なかなか気持ちが上に向かず

なかなかしんどいです

 

西宮から帰ってきた週でテスト2週間前みたいな感じやったんやけどまっっったく気持ちが上を向かずしんどいままで何回も泣いたし手の甲ひっかいたし。

テスト期間中も課題が手につくはずもなくほとんどノー勉で挑みました。

 

テスト期間中はホンマにしんどくて

しんどすぎて「あ、このまま死んだ方が楽かもしれん」なんてことも思ってしまいました

今までは死んだらみんなに迷惑かかるし親も悲しむし出来ることなら消えたいと思っとったけど、今がしんどすぎて死にたいと思ってしまいました。ふと我に帰って自分が怖くなりました。

 

12月1日に病院に行った時、診断書を貰いました。それから、生まれて初めてこころのおくすりを貰いました。

病名は適応障害。教室(社会)に適応できてない、という診断書のためのこじつけみたいな病名なんやけど、診断書をもらった時、ちょっとホッとした私がいました。そうか、私はいま病気なんやな、考え方やら性格のせいではないんやなって。今までその可能性も捨てきれんと思って自分責めてたから、安心してちょっと泣きました。

薬は漢方のお薬。緊張をほぐす効果があるのと夜がゆっくりねむれる効果があるって言われて飲み始めたけど今のところまだ効果は認められません。しんどいまんま。

 

あと欠時も迫ってきます。

5分の1で補習のラインなんですけど、それが近づいてきてて1つ目の教科が今日、オンラインでした。次やすむと補習確定です。他のやつもあと1時間休むと5分の1、あと2時間休むと5分の1、、、ってどんどん迫ってきて「結局全部やないかーーーーー」ってなってしまいます。毎日毎日発狂しそうになりながら過ごしてます

 

心は上向く兆候がなし、欠時数は迫ってくる、唯一の楽しみの部活に行く体力も気力もない、、

こんなしんどい事はないです、ほんまに。

 

 

私だって戻りたいって思ってないわけないやん

戻りたいよ、はやく。

みんなとおんなじようにうわーテストやばい、とか言いたいし、朝から放課後まで一般的な高校生として過ごしたい。

 

今日は4限、5限、7限、SHR(ショートホームルーム)、掃除。

7限から部活行くまでの一連の流れしただけやのに保健室に戻ったらしんどくてベットの上から数十分間起き上がれませんでした。

こんな情けないことない。悔しいし不甲斐ないし。

 

まぁでも所詮それは希望やねん。

 

私は自分でも最近おもう。

自分の理想が高すぎるねん

理想が高くてそれ通りに出来んかった自分を責める

 

けどな、それって等身大の自分受け入れるんが怖いだけでな、結局理想高く持ち上げて自分責めた方が楽やからそっちに逃げとるだけ。

七月からずーーっとそれを繰り返しとるんや、私って。あほらしいやろ?

それを俯瞰で見た時の絶望はすごい。

私は何をしとるんやろう。進んどるつもりやけどおんなじとこグルグル回ってないか?

 

どんどんみんなに置いてきぼりにされる

私だけ暗い空間の中におって

周りの人はその空間から出そうとしてくれるけど私がおる空間の壁は分厚くて声も聞こえなければても届かない

そんなこんなで諦めて置いてきぼりにされる

 

そんな夢を最近いっつも起きる直前に見る。

怖くて怖くてたまらん。

 

 

その結果がこれ

 

 

(あ、すごく結構リアルな画像出ます)

 

 

 

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(良いですね?)

 

 

 

 

 

ではどうぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 自傷行為(軽度)

 

 

これ、やった直後めっちゃスッキリするんや

私の心の傷を具現化できた気がする

みんながちょっと私が苦しんどるの分かってくれる

やっとる間はいらんこと考えんくて済む

でもな。

そのあとがしんどいんや

後悔がすごい

私またやってもた、キズ残るのに

またみんなに笑われる

じゃん負けした人に聞きにこられる(トラウマ)

お母さんに怒られる

もうな、しんどい

 

やらん方がええ。そんなん分かっとるわ

百も承知や。やのに止められへんのや。

止めれとったらここまで苦労せんわ。

 

でもこれもおんなし。

自分を傷つけるっていう楽な逃げ道に逃げとるだけ。これも解決せなあかん。

 

さきはながい。めっちゃながい。

先のこと考え始めたら気が遠くなって卒倒しそうになる。

 

 

 

私はうちの高校に在学しとってええんやろか

 

 

 

最近はそんなこともかんがえる。

 

最終日

朝10時に起きました

12時ぐらいに家を出てお昼を食べに行きました

中華のコース料理でした

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そのあと摩耶山というところに紅葉見に行きました

ケーブルカーに乗って

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 虹の駅へ

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ロープウェイに乗って星の駅へ

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晩ご飯は美味しい洋食屋さん

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↑ナイフで切って広げる生まれて初めての体験でした

 

それからおばあちゃんが長い間習っている習字の先生の所にご挨拶に行きました

私が生まれた時も弟もいとこも

命名 〇〇

って習字でかいてくれはった先生なのでお礼を、とおもって。

 

そのあと家に帰ってテレビを見てお風呂に入って寝ようとしたら

ひと騒ぎあって

結局4時まで寝ず、4時に自宅で寝ました。

大波乱の1日でした。

 

いまは23時前。おやすみなさい。

 

 

 

 

おじいちゃんが

昨日の夜、というか今日になってすぐ

祖父が倒れました

 

倒れたと言ってもお酒を飲んだあとお風呂に10分以上浸かっていたせいで脱水症状を起こした、というだけなので命がどうこうまではいっていません

 

21日の夜もう寝ようとしたのが日付が変わる直前でした。お風呂場からコケたような音がした後、2階にいた祖母が慌てて階段を駆け下りて行きました

祖父は以前にもはお酒のあと倒れたことがあると聞いていたのでもしやと思い降りようとすると祖母が「きゃー」と叫びました

これは本当にまずいと思って階段を駆け下りると浴槽に足をつけたままの祖父は意識がなく祖母にもたれかかっている状態でした。

わたしはびっくりしてしばらく(ほんの数秒だとは思うが)かたまって、祖母が祖父をお風呂から出そうとするのを見ていました

でも、これではだめだと思いお水を汲んでお風呂場に持っていきました

水を汲む時の私の手の震えに自分でもびっくりしたのを覚えています

その後も祖母はなにかしていたと思うのですが私の記憶には残っていません

次に記憶があるのは祖母が手を離した一瞬のすきに、祖父が後ろに倒れた時です

浴槽の方に倒れていって、私達は止めることができず頭を打ってしまったと思います

ふたりでなんとか引き上げてじべたに寝かせました。

あとから聞くと祖父はここら辺から意識が戻ってきたみたい

服を着せてお水を飲ませてしていると、はっきりしてきたのか「ん?いま俺どうなってんの?」と私達に聞いてきました

それが結構怖かったです

あんなに2回も倒れてるのに記憶が無いのかって

着替え終わった祖父はゆっくりと立ち上がってリビングまでなんとか自力でいきました

その間も祖父は「なんだよ、おおげさな」ってひたすら繰り返してました

 

リビングで私も祖母も寝転ぶよう促すのに祖父は全く反応を示さず目は虚ろだったのでこれはおかしいと救急車を呼ぶことにしました

生まれて初めて呼ぶ救急車

確かに祖父は喋っているのに、明らかにいつもと様子が違う

呼びかけにも反応しないし大丈夫の一点張り

怖くて手も足も震えが止まりませんでした

祖父は大丈夫だと言い切り立ち上がろうとさえするのでなかなか大変でした

救急車って家に到着するまでこんなに時間がかかるのかと思いました

7分や9分やって聞くだけ聞いたら早いやんって思うけど自分が呼ぶ側になって見るとながいながい

あの瞬間も結構こわかったね

そのあと救急車がやってきて祖父は祖母と9分やに乗って病院へ向かいました

 

困ったのは祖父母の家に一人取り残された私。心細いし寂しいし不安やし。

家にいる母に電話をかけて事情を説明するとすぐに西宮に向かうと言ってくれたので待つことにしました(深夜一時)

そして西宮についた頃に祖母から連絡がありなんともなかったと。

母は祖父母宅に私を迎えに来て

私と母が祖父母を病院まで迎えに行きました

そしてそのあと祖父母を家まで送り届けて

わたしは荷物をまとめて家まで帰ってきました。

 

朝起きて夢かと思ったけど電話の履歴がそれは嘘じゃないと伝えていました😶

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